|
|
ティオマン島旅行
マレーシア・シンガポール 1992. 9. 3-- 9.10 92.9.3木 はれ 9時半に名古屋空港に集合して11時35分に離陸した。 シンガポールに17時に着いた。ガイドさんがオーチャード・ホテルまで案内してくれた。 オーチャード通りを歩いた。 クラウン・ホテルで夕食を食べた。 オーチャード・パレード・ホテルのカフェテラス、カフェフローラでシンガポール・スリングを飲んだ。 92.9.4金 くもり 5時半に起きた。 6時半にティオマン行きのカタマランに乗った。ガイドはちょっとチャランポランなところがあるがいいやつだ。 5時間半かかって島に到着。 レンタサイクルで島の道の終わりまで行った。終点は山道になっており、そこをこえるとまたカンポン(村)がある。道はカンポンテケックまでは自動車が通れるが後はコンクリート舗装の小道でバイクが島民の足だ。 92.9.5土 うすぐもり ダイビングに行った。H君は英語が話せないので大丈夫だろうか。 海中はやたらととげの長い黒いうにの群落という感じだ。 92.9.6日 うすぐもり ヨットに乗ろうとダイブショップまで行くと風がないのでだめだという。何時ならいいかというと11時から正午だという。結局、昼食の後で乗った。 ヨットのジブがシブステイに固定してないのでまったくのぼらない。後で聞いたら80%が初めてのる人だから安全のためにそうしてあるという。ほんとうかな。 乗馬クラブがあるのでひさしぶりで乗ってみた。乗馬靴を借りずに普通の靴でのったのであぶみのバンドとすねがはさまれていたくてしようがなかった。 92.9.7月 うすぐもり プールでのんびりするつもりだったがH君がどこか行こうというのでジャングルトレッキングというアクティビティがあるのを思い出し、デスクに聞いたら今から出発するという、10分待ってくれ用意してくるからというともうダメというすぐにバスが来て客が乗り込み出発してしまった。 92.9.8火 うすぐもり プールで一番に泳いだ。 どうしてももう一度馬にのりたかったので、乗馬クラブに行った。今度はブーツをかりたので足がバンドにはさまれないのでいたくなく十分のれた。駆け足も連続してできてよかった。 その後またプールで泳ぎ汗を流して帰る準備をした。 会計をすませて昼ご飯を食べているときにレシートをチェックしたがおかしな点が3つあったのでレセプションに行って交渉して約80ドル返してもらった。 桟橋ではおりる人が入国検査でてまどり終わらないのでなかなか乗船できない。 7時半ごろシンガポールに着いた。ガイドがいてホテルまでのせていってくれた。タクシー乗場はすごい行列だ。ガイドがいてよかった。 ホテルで荷物をおろし、向かいのオーチャード・パレード・ホテルにある野外のレストランカフェ・フローラで晩ご飯を食べた。同じブッフェでもティオマン島とはなんと違う種類の多いことか都会と田舎のちがいという感じだ。 9時すぎまでいてさあディスコに行こうとガイドブックにのっているシンガポール一番のディスコにいったがカラッポだ。どうなっとるんや。ホテルにもどって言葉のわからんテレビをみてすごした。 92.9.9水 はれ昼一時あめ 午前中シンガポール市内を見物のバスが用意されているのでそれでぐるぐるまわった。半分はみやげもの屋まわりだ。カモにされているのだ。きょうは午後11時にホテル集合なので時間はありあまっている。バス見物は昼食で終わりのはずだったがガイドが今度はあの店に行きます。次はこの店ですと次から次と行く。時間はあるのでそのままついて行くことにした。 最後はデューティーフリーショッパーズ(DFS)で解散となったがDFSの混んでいること。客は日本人しかいない。これが日本人を称しておみやげ難民と呼ばれる姿だ。それにひきかえ上のフロアーの一般みやげ店のすいていること。 オーチャード通りを北東にのぼっていきながら見物した。足が疲れたのでカフェテラスで休憩してビールを飲んだ。 本屋をさがして地図や本を買わなければならないがいっこうにない。イセタンにあったのではいったら半分は日本の雑誌や本だった。よくみたら店の名前が紀伊之国屋書店だった。現地在住の日本人がくるんだろう。シンガポール、マレーシア、ベトナム、インドの地図を買った。 またカフェ・フローラに来た。ここで時間をすごし出発時刻まで待った。 11時にホテルを出発しチャンギ空港に行った。うわさどおりとてつもなく広い空港だ。 出発待合室にはいるときボディチェックがありH君のキーホルダーについていた空のピストルの玉がひっかかり足止めをくった。ベンチで待っていてもH君がこないのでみてみるとだあれもいないびっくりして係員に聞いてみると取り調べられているらしい。これはえらいことになったと取り調べ室にいれさせてもらうとH君がしょげた顔でいた。説明をして開放してもらった。しかし玉はとりあげられてしまった。 92.9.10木 はれ 2時ごろ出発したらしい。あまりに疲れていたので飛行機にのり席についた後はどうなったのか知らない。朝ご飯のとき起きてついに旅行が終わったなと感じた。 もう後は飛行機が落ちなければいいだけだ。 名古屋空港につき名鉄で無事に家についた。少しかたずけ、ふろにはいり昼寝をした。
|
Copyright © 1998-2014 マァート・ハイシステム有限会社 All Rights Reserved このWebにのせられた文章、用語説明、写真、イメージ、事実の記載、テキストその他すべてのオブジェクトの無断使用をいかなる場合も全面厳禁します。 |